地方史研究協議会は、藤沢市民会館の建て替えを検討するなか、藤沢市文書館を含む公共施設の複合化が構想されることに対し、2023年12月6日に藤沢市長に宛てて「藤沢市文書館の機能維持にかかわる要望書」(2023年12月2日付)を提出いたしました。本文は以下の通りです。
2023年12月2日
藤沢市長 鈴木 恒夫 様
地方史研究協議会
会長 久保田昌希
藤沢市文書館の機能維持にかかわる要望書
私たち地方史研究協議会は、1950(昭和25)年に全国の地方史研究者及び地方史研究団体の連絡機関である学会として発足しました。本会は約1400人の会員とともに、各地の地方史研究者が交流し学問研究を深められるよう、地域の歴史を伝える史(資)料館・文書館や歴史系博物館などの歴史資料保存利用機関における諸問題にも取り組んでおります。
さて、ご存じのとおり、藤沢市文書館は1974年に全国で最初に設立された基礎自治体による文書館です。そのきっかけは市制施行30周年を記念して始まった藤沢市史編さん事業でした。事業に際して公文書や古文書といった歴史資料の保存・管理の重要性が認識されるなか、本会の会長を務められた児玉幸多藤沢市史編さん委員長名の要望書や市民からの要望を契機に、藤沢市文書館が設立されたものと我々は理解しています。以来、藤沢市文書館の取り組みは、歴史資料の保存利用にかかわる全国の人々の注目を集めてきました。
このたび、貴市が藤沢市民会館の建て替えを検討するなか、藤沢市文書館を含む公共施設の複合化が構想され、2022年には「藤沢市民会館等再整備基本構想」が策定され、23年現在、「OUR Project マスタープラン」(生活・文化拠点再整備基本計画)の策定も進んでいることを知りました。財政難、人口減少という面から、公共施設の再整備自体はやむを得ないことだと受け止めています。しかし、プランにある藤沢市文書館の役割については、別紙のとおり歴史資料の保全という観点から私どもは強い憂慮を抱かざるを得ません。
そこで、本会では地方史研究の立場より、次の3点について要望をいたします。
1.藤沢市文書館が設立された歴史的経緯、藤沢市文書館条例に定められ、また同館がこれまで果たしてきた歴史資料・行政資料(古文書・公文書等)の収集・整理・保存研究及び一般への閲覧等の機能や役割について、これを尊重すること。
2.文書館の複合施設化にあたっては、藤沢市文書館の文書館としての機能や役割を継続するため、公文書管理と古文書の保存にかかわる専門家の意見を尊重して必要な措置をとり、場合によっては複合化そのものの是非について、あらためて検討すること。あわせて、文書館の業務に民間事業者を関与させることについても、公共財としての公文書や歴史資料の性格を考慮し、同じく是非を含めた慎重な検討を行うこと。
3.文書館及び文書館の収蔵施設の配置については、公文書や歴史資料の保全・保存の観点からハザードリスク、収蔵スペースについて十分に検討し、適切な配置を行うこと。
全国の市町村に先駆けて、専門家や市民の声を容れて設立された藤沢市文書館が、これからも全国の模範となる文書館として存続していくことを切に望みます。
【別紙】
藤沢市文書館の機能維持にかかわる懸念点
地方史研究協議会
2023年現在、藤沢市において策定されている「OUR Project マスタープラン」(生活・文化拠点再整備基本計画)のうち、藤沢市文書館に関する記述について、歴史資料の保全という観点から主に3つの懸念点が存在していると私たちは考えています。
1.文書館が第一義的に果たすべき役割である、行政機関が作成・収受する公文書、及び市民から寄贈を受けた古文書を適切に保存・管理するという業務についての言及が乏しいこと
マスタープランでは資料の利用・活用に重きが置かれる一方、文書館が現在担っている、市役所で作成・収受されている公文書の管理と、公文書を評価選別したうえで、選別された歴史的価値のある公文書を保存する役割についての言及がありません。藤沢市公文書等の管理に関する条例で謳われる「市の諸活動を現在及び将来の市民に説明する責務」の一端を担ってきた文書館の機能が、今後も維持されるかが不透明であることを危惧します。
加えていえば、市民から寄贈を受けた古文書をどのように後世に残していくのかという点についても言及がありません。貴市が目指す「郷土愛あふれる藤沢」作りのためには、展示やレファレンスといった市民の目に触れる部分だけでなく、保存・管理といった文書館の目立たない業務が不可欠だと我々は考えます。
公文書の不適切な管理が行政の信頼を著しく損なうことは、すでに国や他の自治体の事例でも明らかであり、また、地域の共有財産である古文書が失われることは住民にとっても大きな損失です。この点をおろそかにして、資料の利用・活用はなし得ません。
藤沢市文書館が設置されるに至った経緯、また現に藤沢市文書館条例において業務として定められてもいる歴史資料・行政資料(古文書・公文書)の「収集、整理、保存、調査、研究、閲覧」といった機能や役割を尊重され、これらが引き続き維持できるよう、充分かつ慎重な考慮をされることを望みます。
2.現状の文書館の機能および公共財産としての歴史資料の管理が市と民間事業者に二分割されること
指定管理者制度を採用して、行政機関の業務の一部を民間に委ねることは珍しくはありませんが、文書館の業務を指定管理者に任せる事例は稀です。そもそも、公文書の管理や古文書の保存という極めて公共性の高い事業には、民間委託が馴染まないためです。
また、マスタープランでは、「公開のための資料整理・資料目録の作成・資料保存にかかる業務」は市が行い、「市が作成した公開・活用の基準を満たした歴史資料・行政資料を、市民に提供する局面の業務」を民間事業者が担うとされています。しかし、現在は市がすべて担っている公文書の作成から保存、移管・公開(もしくは廃棄)に至る文書のライフサイクルが、マスタープランでは市と民間事業者に二分割されてしまいます。
加えて、歴史資料の管理をどのように二分割するのかも不明瞭であることも憂慮されます。藤沢市公文書管理条例では、文書館が民間資料(地域資料)を受け入れ、市の歴史資料として適正に管理し、及び市民の利用に供することが規定されていますが、資料への深い理解に基づく受入・管理と、利用者への提供は一体不可分のものであり、提供の局面のみを民間事業者に任せることは、資料保存や利用者サービスの面で問題があります。
資料保存という観点からも、業務の複雑化による行政の効率性といった観点からも、民間事業者への業務委託については、専門家の意見も踏まえ、その是非も含めた慎重な検討が不可欠だと我々は考えます。
3.文書館も含む新施設の予定地のハザードリスクが高く資料保存に適さず、文書館の収蔵庫スペースが今後も担保されるのかも不明なこと
文書館も含む新施設の予定地は、藤沢市内においてもハザードリスクがもっとも高いエリアであるとマスタープランでも示されています。神奈川県においては、令和元年東日本台風により川崎市市民ミュージアムの収蔵庫が浸水し、約30万点の収蔵品のうち約24万点が被災して約7万点を破棄せざるを得なくなるという、文字通り取り返しの付かない事態となったことは記憶に新しいことかと思われます。
マスタープランには複合施設本体の供用開始から数年後に排水施設の整備がなされるとありますが、その間に災害が起き、資料も被災することが憂慮されます。決して「想定外」の事態ではありません。
また、複合化により図書館等の書架との共同化も構想されていますが、同じものが複数存在する図書と異なり、公文書・古文書は基本的にこの世に一点しか存在しません。将来を見据えた十分なスペースが文書館には必要となります。複合化のなかで、かえって収蔵スペースが縮小してしまうことは、文書館の業務にも多大な影響を与えることが懸念されます。
以上