文化財保護法改定に向けた動きに対する声明

本会は、国の文化財保護法改定に向けた動きに対して、2017年10月12日に開催された常任委員会で声明を決議し、関係各所に送付しました。全文は以下の通りです。

文化財保護法改定に向けた動きに対する声明 

私たち地方史研究協議会は、1950(昭和25)年に全国の地方史研究者及び地方史研究団体の連絡機関たる学会として発足しました。

以降、各地の地方史研究者が交流して学問研究を深められるよう、歴史資料の保存利用や地方史研究の環境整備をめざすという運動方針のもと、活動を進めてきました。

なかでも地域に残る文化財や歴史資料の保存に加えて、その活用を進めることについては、重要な運動のひとつとして捉え、積極的な取り組みを進めてまいりました。研究はもちろん、文化財の保存・活用を地域で担う担当部署や博物館・史料館・文書館などの活動を支援し、提言することにも尽力してまいりました。

さて、このたび文化庁ホームページで「文化審議会文化財分科会企画調査会中間まとめ」(以下「中間まとめ」)が公表(2017年8月31日付)され、意見募集が行われました。これは、文化財を活かした地方創生を推進しようとする政府の観光立国戦略を背景として、文部科学大臣からの諮問(2017年5月19日)を受けた、文化審議会文化財分科会企画調査会が検討してきた答申の内容をまとめたものです。と同時に、今年度中の文化財保護法の改定を視野に、今後の文化財保護行政の方向性を示す内容となっており、私たちも深い関心を寄せています。

この「中間まとめ」の冒頭では、社会状況の急激な変化、過疎化、少子高齢化の進行による地域の衰退により、未指定のものも含めた文化財が、開発・災害だけでなく、文化財継承の担い手の不在から散逸・消滅の危機に直面していることが指摘されています。こうした状況の中で文化財の保存・継承を社会全体で支えていく体制づくりが急務であるとする点は、地域研究に関わってきた私たちも痛感しているところです。

一方で、この「中間まとめ」では、文化財を「地域の文化」の核としてだけでなく、「経済の振興」の核に位置づけ、文化財を観光資源として活用するための制度的枠組みを整備するという方向性がみられます。そのような流れの中で、文化財の過度な利用に比重を置いた方向性で法改定がなされれば、かけがえのない文化財の保存と継承に大きな影響が出るのではないかと大変危惧をしております。

また「中間まとめ」で示されている具体的な方策やその方向性についても、以下の問題点があると思われます。

(1)文化財保護体制整備の方向性に関する問題

「中間まとめ」では、市区町村が策定する文化財の総合的保存・活用基本計画を、法の下に位置づけ、「市町村の主体的な取組が促進される仕組み」を検討するとしています。具体的には市区町村が文化財の保存・活用を進めるため、「文化財部局の適切な体制」整備をめざしていく中で、従来、文化財保護の所管が教育委員会に置かれていたものを、「景観・まちづくり行政や観光行政など他の行政分野も視野に入れた総合的・一時的な取組を可能とする」ため、首長部局が文化財保護を担当できるようにすることが検討されています。それに加えて従来の国(文化庁)の権限の在り方が見直され、市区町村に文化財の現状変更を許可する権限を委譲する方向性も示されています。

法改定に基づく権限委譲後も、国は基本計画策定に際し支援し、都道府県も基本計画を策定した市町村に対し指導助言を行うとしていますが、文化財保護に係る法体系上の権限・権能の在り方が明確ではありません。基本計画の策定やその推進にあたっては、自治体内で観光担当部局など関係する行政部局との連携をはかり、文化財の利用を推進していこうとする志向が示されていますが、その際に、現実的に文化財の保存よりも文化財を消費財として捉え、経済的利益を優先した活用をすることにならないのかという点を大変危惧しております。

(2)文化財保護体制整備における専門職の位置の問題

市区町村における文化財保護所管が首長部局に移り、そのもとで観光担当部局などとの連携体制が実現した場合、これまで文化財保護を担ってきた学芸員などの専門職の位置はどうなるのか。現実的には、その体制のなかで文化財保存に対する学術的・技術的判断の確保ができるのかが懸念されます。

政府の観光立国戦略を背景とし、文化財の活用推進をはかっていたと思われる前地方創生担当大臣は、文化財保存と活用のバランスに尽力してきた学芸員に対し、「一番のがんは文化学芸員」という発言を行い、大きな社会問題となりました。実際に「中間まとめ」が示すような新たな文化財保護体制が整備された場合、文化財の活用を進めていくなかで、前地方創生大臣の発言と同様な考えのもとで施策が進められることになれば、学芸員などの専門職が保存と活用の板挟みとなり、保存よりも観光資源として、経済的利益を優先させていく方向に流れざるを得なくなるのではないかと懸念いたします。

(3)文化財保護行政への民間参入の方向性の問題

「中間まとめ」では、「行政だけの取組には、人的・財政的制約などから限界があり、公平性や公共性の担保のため収益のある活動は広げにくいなど、活動領域にも一定の制約がある」とし、「地域の文化財の調査研究、保存、活用などに係る民間の活動を積極的に位置づけた上で、民間と公共が、相互に補完しながら協働して取り組むことが必要」とうたっております。そして、「市町村が、一定の要件の下、指定・認定するといった仕組み」を構築し、民間団体の文化財保護行政への参画も示唆しています。この場合、民間の手による文化財の調査や保護、修復、管理などへの道が開かれることになります。その際に、保存に対する学術的・技術的判断が果たして担保できるのか、保存よりも経済利益を優先とする文化財の活用に流れないかなどの点が懸念されます。本来、地域のアイデンティティ形成にとっても重要な核となる「公共財」である文化財が、消費の対象となれば、文化財そのものに汚損が生じる事態となりかねません。これはまさに本末転倒の議論であり、地域社会における歴史や文化の継承に悪影響がでることを懸念いたします。

(4)専門職員の人材確保と資質の向上の方向性に関する問題

「中間まとめ」では、文化財の保存・活用のために専門職員の確保と資質の向上をあげています。それに関しては、「文化財は教育・景観・地域振興などの文脈でも重要性が高く、これらの行政分野における様々な期待を踏まえて取り組むためにも専門的な人材の配置が不可欠」としています。このように、専門職員に対しては、従来身につけてきたスキルに加え、文化財の活用を推進する教育以外の観光担当部局など関係部局と連携し、様々な期待に応えられる資質が求められてきます。

ここでは、文化財の観光的活用に比重を移した新たな学芸員像が示されています。現状においても現場の学芸員や専門員は、様々な部署と連携しながら、その職務を果たしておりますが、今後は地域文化の継承を専門的見地からの学術、教育、文化面だけでなく、地域のアイデンティティ形成や地域づくりへと広げていくことになります。その結果、地域住民とともに歴史や文化の継承に努めてきた学芸員へ求められる資質が大きく様変わりする可能性があります。しかしながら、学芸員を養成する側の大学等における教育機関での体制が十分に整わないままに法が改定されれば、現場の文化財の保存に対して大きな影響がでるのではないかといった危惧をいだきます。

以上、文化財保護法改定を視野に入れた答申である「中間まとめ」で示されている論点は、文化財の保存・継承と活用を両輪としてとらえていくことを強調するものとなっています。しかし、結果として、これまで学芸員などの専門職により学術的・技術的見地から担保されてきた「保存」のあり方が見直され、経済的な利益を優先した活用の推進をはかろうという方向に進みかねません。こうした方向性は、「中間まとめ」が活用とともに強調している文化財の保存への担保が機能しなくなることにつながります。これまで伝えられてきた歴史や文化を考察する上で重要な証拠となる「文化財」が、それらの方策によって損傷してしまうことになれば、今後、国が目指していく文化財を核とした地域文化の継承、地域のアイデンティティ形成や地域づくりを阻害することになりかねません。

「中間まとめ」が示した方向性は、文化財が公共財であるという考え方と大きく乖離する側面を持ち、将来的に、現場において文化財とその保存の理念がどのように護られていくのか、非常に危惧をいたします。

本会は、全国各地に所在する文化財や歴史資料の保存措置を第一に講じ、その上で、活用を進めるべきであると考え、次のことを強く求めます。

・文化財保護法改定にあたっては、文化財を後世に継承するために保存を第一義とする文化財保護の理念がゆがめられないようにすること。

・公共財である文化財について、経済的利益を優先し、活用を進める方向性での法改定をしないようにすること。

・地域の文化財の保存と活用は、地方史・地域史の調査・研究により地域特性を踏まえた学術的見地からの調査・研究があって実現するものであり、それらを行いえる学芸員・専門員などの専門職員の適正な配置をはかるような法改定とすること。

・学芸員・専門員などの専門職員が、文化財保護行政において、文化財の保存に関して学術的見地に基づく適正な役割を発揮できる体制、組織づくりに対応できるような法改定とすること。

これまでの「中間まとめ」の公表、またそれに至る経緯などについては、各地の自治体の文化財担当部局や博物館・史料館・文書館など現場で日々、文化財保護業務を担っている担当者でさえ、十分に認知していない状況にあったと聞いております。それは今回の「中間まとめ」が、短い期間の議論でまとめられたものであったことに起因しているからだと考えます。今回の意見募集だけで、拙速に文化財保護法改定まで突き進めていくことには大きな問題があると考えます。

今後、広く周知をはかり、文化財保護に関わる担当部署をはじめ、博物館・史料館・文書館などの諸機関、団体、地方史・地域史研究者などに、広く意見を求めるべきです。その上で、文化財保護の本来の理念に立ち返って改めて十分な議論を求めることを強く求めます。

 

                     2017年10月12日

地方史研究協議会

会長 廣瀬 良弘

 

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